私にはその道の師匠がいる
この村で過ごす為にはネット検索では難しい
わからない事は 聞く
キノコの師匠は英ちゃん
彼が居なかったらここで私はシイタケを始めていなかった
私より5歳ぐらい若い

困った時は彼に聞くことにしている なんでもできる
魚釣りは漁師並み、素潜りで魚をモリで仕留める
もちろん 奥さんに弱い今勧められているのは 畑にシークワーサーやカボスを植えろ!ニンニクも

と言うことだ
この村のリーダーでもある

彼の勧めで 昨年2021秋 にラッキョを植えた。 知らないで 苗を植えて早春に 草を取らないといけないことが
わかった。 植えたら良い訳ではなかった  3日もかかって草取りを終えた 
 4月、、また草の中に埋もれそうなラッキョを発見  農業は地獄の一丁目だ

蕎麦の収穫から粉にして、蕎麦を茹でるまでの師匠は

ヒロノブ爺だ。 4歳ほど歳上 世の中の知識は豊かだ
 物心ついた時代に この場所で体験したと言うことなので、そばについては私の先生となる
 8月の種撒が終わって、11月の収穫は一人でははかどらずお世話になる。そして蕎麦の実を選り分ける作業と石うすでの粉挽き 初体験をヒロノブさんとやったのです
 ヒロノブさんの家から私の作業現場は手に取るように
分かるのです。 私が手間取ってるな!と感じると
 助っ人に来てくれるおじいさん。

 

もち米を作り始めたきっかけは?

マッサンが声を掛けてくれたからです
米作りの師匠です。 今回も一から教えてもらい、稲が育ち始めています。
 タクシーの運転手でもあり バイク乗りでもある。時々轟音を響かせながら何処かに行っている
 時々お酒を一緒に呑みます。子供時代の話に
記憶が戻ると 脳内が活性化するのでしょうか、、いろんな事がよみがえるのです。

師匠は私が島根を留守にしている間、たんぼの管理をしてくれています。
2021年の秋 マッサンの田んぼの米は猪に完全に食い荒らされてしまった 50年続けた米作りはこの年で終わった

エッちゃんは画家である
私の部屋にも彼の絵が数枚ある
絵筆をはこぶ様に草刈機を操る。草を刈った後が美しい。 草を刈ることの目的が私とは違うのだ。 ただ草を制圧するのと美を目指すことの差が作業に出る。  70歳を越してしまったので身体は完璧では無い。その癖 昼間から酒を飲む。 昼から酒盛りに誘われると断りきれない自分である

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